人 クローズアップ 

日本ウルグアイ協会のホームページでは、人クローズアップ シリーズとして、日本に、ウルグアイに長く滞在し、活躍された、或いは活躍していらっしゃる、又はこれから活躍される方々を取り上げます。

第1回として、ウルグアイ在住でオペラ歌手としてご活躍の千田栄子女史に話を伺いました。

 

2004年よりウルグアイを拠点として、南米全体で大活躍のオペラ歌手、千田栄子さんに登場していただきます。書面で質問しましたが、お忙しい中をご丁寧な回答をいただきました。( 2021年10月16日に回答受理 )

1.どんなお子さんでしたか

 大阪市で生まれ、尼崎市で育ちました。大変変わった子供で、いつも一人で遊んでいましたが、私の世界ではイマジネーションが作ったお友達でいっぱいでした。

 しかし、ガキ大将的なところがあり、家にはたくさんの友達であふれ、反面孤独が与えてくれる平和と清澄な気を深く愛しました。それは今でも変わりません。

2.声楽家を目指したきっかけ

 3歳のとき高熱で生死の合間をさまよっている時、天使のような光の柱のような人が来て、私に「歌を通して音楽を通して世界に貢献しなさい」と言ったのです。それ以来、その言葉通り、勉強、勉強、また勉強。旧東ドイツ留学と米国留学は私にとって大変大事な種であったと今でも運命に感謝しています。

3.日本での活動

 ドイツから帰国し、レッスンをする、伊丹シティオペラで歌う、イベントをする、大阪堺シティオペラでコレペテイトーラとしてピアノをひく、英語とドイツ語の通訳として大阪シンフォニーオーケストラで臨時通訳として働く、旅行の添乗員として働く、ウエートレスとして働く、塾の英語・数学の先生として働くなどなど、何でもしました。親に迷惑をかけたくなく、独立してなんとかやっていました。

4.ブラジルでの活動

 ブラジルには阪神大震災後、前夫、二人の娘とブラジルに渡りました。到着時、三女を身籠っていましたので、歌いたくても、海外で子供を産むというプレッシャーもあり、歌のレッスン教室や大学での講義などに専念しました。

 産後、合唱団体からスカウトされ、多くの指揮者や楽器奏者が私の声を聴き、歌の仕事も増えていきました。1999年2月にイザック・カラブチェフスキー博士の指揮するマダム・バタフライの主役に抜擢、それ以降、現在までこの主人公を努めています。ブラジル日本百周年移住記念の蝶々夫人公演などブラジルのオペラの歴史に残るプロダクションにも参加し、今も続いています。その他、国際青少年音楽フェスティバルの声楽教授担当として後世の人々の教育に努めています。          

5.ウルグアイ移住のきっかけ

 現夫、フェデリコ・サンギネッテイとの結婚、彼との間に生まれた長男ダヴィ誕生がきっかけです。

6.ウルグアイでの活動

 コロナによる自粛政策以前では、ウルグアイには、一年間に4ヶ月いれば良いというほど海外遠征に出かけていましたが、ウルグアイにいるときは多数の学生さんやプロの歌手の方々の指導に当たっていました。経済的に困っている人たちや孤児院の子供たちに必要なものを集めたり、教師が足りないということであれば教えに行ったり、慈善活動になるべく参加するようにしていました。

 コロナ自粛中は自宅にて、自作オルガニック野菜、食パンづくり、豆腐づくり、納豆作り等に励み、自宅にて民衆文化を復活させ、日本文化とウルグアイ文化の交流の場を作ろうと、夫と共に青空劇場を作りました。その活動は今も続いており、多くの芸術家、歌手、演劇、俳句、お茶等の紹介、これらはすべて文化交流が目的であり、人格形成に欠かせないものを後世に残したいという目的で始めたものです。  

7.千田さんにとってウルグアイとはどんな国でしょうか  

かつては、自由・平等・博愛の精神が国民に行き渡り、南米のスイスとまで言われたほどの福祉国家であり、日本とは比べようもなく教育も高レベルにあったようです。

 しかし、私がはじめてきた時、あまりの惨めな状態に涙が止まりませんでした。2004年10月でした。子供たちが道でゴミを漁っているのです。雑草をたべているのです!!!その横を大の大人が知らん顔をして通っていく、私は憤りを禁じえませんでした。日本ではあり得ませんでした。

 それでも、ウルグアイをいい国だと思うのは、私にとっては肉体的にも精神的にも自由だからです。ウルグアイに学ぶことは、自分を大事にする、生きるために仕事をする、仕事のための人生ではない、友人や家族を大事にする、日本人がもうとっくに忘れてしまっている"心の文化"がここに存在するからです。

 ならぬものはならぬ、それが通る世界なのです。

 日本やヨーロッパ、米国の様に物が溢れているわけではありません。1950年代のスペインを思い出させる町並みには、お化粧もしない、ヒールも履かない女性たちが毎日行き交っており、見せかけだけの女性はおりません。男性も女性もお互いを尊敬することから平等が生まれることを実感しています。

 この国に学ぶことはまだまだありますが、日本人として我々の美点利点を伝え、文化交流へと促すことが、我々の高度な文化が世界にも通用できるよう発展成長させるよい機会だと思っています。微力ながらも祖国を思いつつ、両親に感謝しながらこの質問を終えたいと思います。  

8.今後の活動予定

 コロナによる自粛が緩和されると、オペラやコンサート活動が復活します。すでに9月以降何本かのコンサート、オペラ契約が進んでいます。我が家の文化交流グループもラ・パス市の花博合唱団結成、参加、150周年のビデオ制作、俳句とチベットボールコンサート、演劇公演、お茶会、踊りなど様々な活動をしています。 アーバンベルゴの7つの歌曲、ワーグナーのヴェーゼンドンク歌曲、ガラ・コンサート、バルトークの青髯の城、シュトラウスのナクソスのアリアドネなどがすでに決まっているオペラです。

 強靭な意思と並外れた努力により、大変なご苦労を乗り越え、すばらしいご活躍ぶりに敬意を表すと共に、今後の益々のご活躍とご健康とご多幸をお祈りいたします。