会員からの投稿 2022年 4月
ここでは、日本ウルグアイ協会の会員及び外部からの特別投稿を定期的に掲載します。
今回は、会員のタンゴ歌手小原みなみさんからはコンサートの印象を、同じく会員のオリベラ・オラシオさんからは初めて見た雪の印象を、情感豊かな表現で投稿してくださいました。
小原みなみ会員 『日本とウルグアイ』タンゴの架け橋となって
果てしない憧れと夢を抱き、不安と期待に胸を膨らませ、単身、日本から見れば地球の裏、アルゼンチンへと旅立ちました。そこから私のタンゴ人生が始まり、恩師ドラゴーネの薫陶を受け、たくさんの研鑽を積み、数々の海外公演を果たし、夢中で歌い続けた30数年が過ぎました。
アルゼンチンでは、南米最大のフォルクローレの祭典であるコスキンフェスティバルに日本代表として2年連続で出演し、東洋のミナミ・コハラが広く知られるようになりましたが、ここではウルグアイでの活動について述べたいと思います。
ウルグアイは、アルゼンチンと並んで「タンゴの発祥地」であると国民が自称し、誇りを持っている国です。名曲『ラ・クンパルシータ』が生まれた国でもあります。
2008年、竹元大使よりお招きをいただき、広大な敷地の中に佇むウルグアイ日本国大使公邸へ。招待客の各国の大使・政財界のご夫妻が、国の旗を立てた公用車で夜の闇を照らしながら敷地内へのご到着。竹元大使、大使館関係者のお出迎え。その荘厳にさえ見える光景に目を見張る思いでした。現地の楽団の皆様と、緊張の中タンゴの数々を披露しました。「日本人歌手が我が国のタンゴをスペイン語で歌ってくれた!」と大喝さいを浴び、終了後は大使の方々と夜が更けるまで歓談のひと時を過ごせたことはこの上ない喜びでした。
4年後の2012年、今度は外務省の文化交流事業として、在ウルグアイ大使館より招聘状をいただき、「日本&ウルグアイ・タンゴの架け橋」と題する親善公演を行う運びとなりました。
ウルグアイ最古の歴史を誇るソリス劇場、マシオ劇場における公演に、世界10か国の大使ご夫妻のご臨席をいただき、佐久間大使を始め大使館関係各位の温かいご尽力により成功裏に終えることができました。
私自身の企画・構成・台本作成のプログラムにより、現地のピアノ、バンドネオンの共演者と共に20曲を歌唱。丁度2011年の東日本大震災の翌年であり、復興へ向ける日本女性の強さをアピールしたく、日本の民謡「ソーラン節」とタンゴの名曲「エル・チョクロ」の合体曲としてアレンジした曲を披露しました。ハッピ姿で、「ハーどっこい!」の高らかな掛け声で歌い始めると会場からの大声援が起こり、タンゴの本場の国で、私のスペイン語で歌うタンゴを称賛いただけたことが一番の感激でした。
フィナーレ終了後、大役を果たしホッと安どしている私に、佐久間大使から「ご苦労様‼大成功でした‼」のお言葉、そして夫人の手作りのお弁当をいただき、温かいお二人の人柄に熱いものが込み上げ、大成功を嚙み締めました。
この2度の公演により、ますますウルグアイ国との強い絆が結ばれ、私の愛するタンゴで、両国の架け橋として民間外交の一翼を担わせていただいたことに感謝でいっぱいです。これからも人生の重みをタンゴに託し、歌い続けてまいります。
オリベラ・オラシオ 会員 純真な子供に戻してくれた雪
十数年前、茨城県水戸市の大学に留学していた頃の一番の印象についてお話しします。
私が生まれたウルグアイの気候は非常に温和で、雪は全く降りません。当然、雪はテレビでしか見たことがありませんでした。
来日した季節は春でした。雪を楽しむにはまだまだ先のことでしたが、大学の授業や様々な用事で忙しく、時間はあっという間に過ぎ、冬がやって来ました。いよいよ雪の季節が始まるのではないかと、毎日天気予報を確認しながら心待ちにしていました。
ところが、何故かその年は雪が水戸市に訪れることはありませんでした。知り合いに聞くと「珍しいけど、雪が降ると面倒が増えるから、降らなくてよかったよ。」という答えが多く、とても不思議に思いました。
来日して二年目の冬のある日、テレビの天気予報でようやく雪のマークが出ました。「今日、雪が降るんだって!」とワクワクしながら大学の友達に話しかけましたが、こちらが期待してくれるような顔をしてくれませんでした。本物の雪を見た事がないのは私だけだったのでしょう。天気予報によると、その日の午後は雪になっていました。しかし、午後から降ってきたのはただの冷たい雨でした。寝る時までは。
次の朝です。目を覚ましてカーテンを開くと、いつもの見慣れた景色が代わっていました。隣の家の茶色い屋根が真っ白になっていたのです。屋根だけではなく、あたり一面が真っ白な雪に覆われていました。映画でしか見たことがなかった雪が目の前にあるのです。目に映る全てのものが不思議な白黒バージョンに変わっていたのです。暖かい服を着てすぐに外へ出ました。その時はまだ雪が降っていましたから、初めて雪が降る様子を見ることも、落ちてくる雪を受け止めることもできました。素敵なスローモーションで降り、感動的な音楽も流れているような夢のような世界でした。手の平に落ちたスノーフレークがすぐに水になることも意外な気がしました。
その日は、夜まで雪は降り続き、何回も何回も外に出ては雪が積もっているレベルを確認しました。積もった結果だけではなく、そのプロセスも味わいたかったのです。新しいことを楽しく過ごす子供のように、明日も降ってほしいと願いました。
次の日、雪のもう一つの面が現れて来ました。昨日のイメージとは何か違います。自転車で買い物に行くことにしました。一分もたたないうちに、自転車の後ろの車輪が凍った雪で滑ってしまい、気が付いたら体が地面に横になっていました。ひどい怪我はしませんでしたが、「面倒が増える」と言われた意味がその時に分かりました。雪は美しさと共に危険も多く付いてくるのでした。
それ以来、日本の雪の安全な楽しみ方を習い、年々、雪の新しい美しさを発見しています。枝が折れないように紐がかかった木の素敵な姿や、子供が作った雪だるま、スノーボード後の筋肉痛や、雪祭りのユニークさ、などなど……
5年前に再来日し、東京に住んでいますが、毎年雪が少し降ってくれています。その度に雪との初めての出会いを思い出し、一人で笑ってしまいます。そして「日本の好きな季節は?」と聞かれると、即座に「冬です」と答え、「純真な子供に戻してくれるから」と説明しています。
